記事のアーカイブ

2024年07月07日 04:38

2024.7.7 宣教「パンと魚の奇跡」

聖書 ヨハネによる福音書6章1-15節  このパンと魚の奇跡は4つの福音書に記されています。それほど12弟子にとっては忘れられない体験だったのでしょう。多くの群衆がイエスの後を追ってついて来ました。その数は男だけでおよそ5千人でした。イエスは弟子のフィリポに「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われた。6節「こう言ったのは、フィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているかを知っておられたのである。」とあります。7節「フィリポは『めいめいが少しずつ食べるためにも二百デナリオン分のパンでは足りないでしょう』と答えた。」そこへシモン・ペトロの兄弟アンデレが、
2024年06月30日 05:24

2024.6.30 宣教「なぜ、信じるのか。」

聖書 ヨハネによる福音書5章41-47節  どうしてキリストを信じられるのか。どのようにして信仰まで導かれたのか。だれが導いたのか。逆にキリストを信じることができない人から見れば、そのような問いがあるのではないでしょうか。44節の終わりに「あなたたちには、どうして信じることができようか」とあるように、信じることはできないと言われているようです。少し遡って2章24節でも「イエス御自身は彼らを信用されなかった」とあります。イエスは神の民ユダヤの人々を信用なさらなかった。なぜかと言うと、2章25節後半「イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられたのである。」どうしたら信じられるかということ
2024年06月16日 04:56

2024.6.16 宣教「四つの証言」

聖書 ヨハネ福音書5章31-40節  ここに「証し」と言う言葉が11回出て来ます。あるいは「真実」ということが用いられ、これは法廷用語です。裁判では証言が信用されるか、信用されないかが問題となります。ここで主イエスが父なる神の子であるかどうかが問われています。31-32節「もし、わたしが自分自身について証しをしているなら、その証しは真実ではない。わたしについて証しをなさる方は別におられる。そして、その方がわたしについてなさる証しは真実であることを、わたしは知っている。」とあり、四つの証人が記されています。一番目はバプテスマのヨハネです。33-35節「あなたたちはヨハネのもとへ人を送ったが、彼は
2024年06月09日 19:09

2024.6.9 宣教「死から命へ」

聖書 ヨハネによる福音書5章19-30節  今朝は、あなたはイエスを誰だと言うのかというテーマです。第一にイエスと父は一体である。行動において一体である。19節「そこで、イエスは彼らに言われた。「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。」子供が父親のしていることを見て、それをまねをすることは親子関係について言えることです。「子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない」とあります。5章ではイエスは38年間病気だった人をいやしました。父がなさることは何でも子も同様に行うとすれば、あの癒しは父の御
2024年05月28日 06:07

2024.6.2 宣教「安息日論争」

聖書 ヨハネによる福音書5章10-18節  先週の続きです。イエスはベトザタの池のほとりで、38年間病気で苦しんでいる人に「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい。」と言われました。誰も信じることが出来ない奇跡が起こりました。10節「今日は安息日だ。だから床を担ぐことは、律法では許されていない。」38年間も寝ていた人は癒されたが、安息日に床を担いだことが違反となったのです。この人は癒されたのは嬉しかったのですが、床を担いで歩いたことは新しい悲劇となりました。そこで、11節「しかし、その人は「わたしを癒してくださった方が『床を担いで、歩きなさい』と言われたのです」と答えた。」つまり自分が床を担い
2024年05月26日 07:17

2024.5.26 宣教「起きて歩め」

聖書 ヨハネによる福音書5章1-9節  人々が祭りの中でにぎやかにしている時、遠いエルサレムへの道のりを歩き続けて来られたイエスは、ひたむきにベトサダの池に足を運ばれた。3節「この回廊には、病気の人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人などが、大勢横たわっていた。」この池の水が動く時、真っ先に飛び込んだ者はその病気を癒されるということを信じて、必死になってその水の動くのを見つめていた。イエスは、そこで38年間も病床にあるという一人の男に目をとめられた。池の水が動く時、真っ先に飛び込んで癒されること、これがこの人の悲願だった。が、いつも他の人に先を越されてしまう。イエスはこの人に「良く
2024年05月19日 04:38

2024.5.19 宣教「聖霊降臨」

聖書 使徒言行録2章1-4節  今朝はペンテコステ(聖霊降臨)礼拝です。聖霊降臨はいつ?どこで?起こったか。誰が?体験したのか。あるいは誰が関係したのか?そして実際に何が起こったのか。これは歴史的事件です。まず、いつ起こったかについてですが、1節「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっている」ときです。五旬節をギリシア語でペンテコステと言います。それはイエスの復活後50日目に起こりました。場所はエルサレムです。2節「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた」彼らが座っていた家とは、1章の続きから、エルサレムにあるこの家の部屋のことです。時間は朝の9時で
2024年05月13日 13:21

2024.5.13 宣教「第二の奇跡」

聖書 ヨハネによる福音書4章43‐54節  今日の箇所は、王に仕えている役人の息子を主イエスが癒されたお話です。この役人は、今まで王に仕えていて自分の力でどうにでもなる体験をしてきました。しかし今、死にかかっている息子をどうすることもできないという自分の無力さを知らされています。彼はカファルナウムからカナというところに主イエスに助けを求めに来ました。ところが主イエスが言われたのは、48節「イエスは役人に、『あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない』と言われた。」あなたがたは、ただしるしを求める信仰に生きているだけだ。主イエスが何か証明して見せなければ、受け入れることも神から
2024年05月05日 04:42

2024.5.5 宣教「救い主と語る」

聖書 ヨハネによる福音書4章27-42節  27節「ちょうどそのとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女と話をしておられるのに驚いた。しかし、『何か御用ですか』とか、『何をこの人と話しておられるのですか』と言う者はいなかった。」弟子たちは主イエスがサマリアの女と話をしておられるのに驚きました。弟子たちはサマリアを口に出すのも嫌だという思いがあったのでしょう。しかし、このサマリアの女にとっては、一生に一度しかない対話であったと思います。そのサマリアの女との対話を主イエスが厳粛な思いでしておられます。この女の心の中に深くあるのは、一体祝福とは何か、本当の平安な生活とは何かという思いであったと思います
2024年04月28日 18:00

2024.4.28 宣教「霊と真理の礼拝」

聖書 ヨハネによる福音書4章16-26節  イエスとヤコブの井戸のほとりにおけるサマリアの女が対話をした物語が続いています。正午ごろのひととき、そこへ一人の女が人目をはばかるように水を汲むために井戸に近づいてきた。イエスはこの女に「水を飲ませてください」と声をかけられた。この女は驚いた。当時の習慣では、ユダヤ人とサマリア人との間には会話することもない歴史的な理由があった。この時、イエスの求めは問題を心の内に持っている女に近づくための方法でした。イエスは「この水」を「わたしが与える水」へと話題を変えていきます。21節「イエスは言われた。『婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサ

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