記事のアーカイブ

2020年01月13日 17:44

2020.1.19 宣教「何事にも時がある」

聖書 コヘレトの言葉3章1-8節  今朝は昨年1月14日に主のみもとに召された齊藤牧師を記念をして礼拝を捧げたいと思います。 私たちが毎日生きていく中で、自分の人生を考えていくときに人生の目的は何か、生きていく意味は何か、と考える場合があります。人生の目的は歴史の中に意味があるのです。大変な難しい時代にあって私たちは様々な経験をしながら生きています。その私たちの人生の中に神はいつも干渉される。聖書は「何事にも時がある」と神の摂理によって定められた時があることが語られています。私たちが生きている時間も、すべて神の御手にあるというのです。時間の中で働く神がある。これが神がこの人間の世界の中に入ると
2020年01月12日 05:57

2020.1.12 宣教「信仰と愛」

聖書 マタイによる福音書21章28-32節 この譬え話しは、ある人に二人の息子がいた。父親は兄のところに行って「今日、ぶどう園へ行って働きなさい」と命じた。すると、兄は「いやです」と答えたが、考え直して出かけた。父親は弟のところに行って同じように命じた。すると弟は「お父さん、承知しました」と答えたが、実際にはぶどう園には行かなかった。さて、この兄弟の一体どちらがお父さんの望み通りのことをしたのか、とイエスはお尋ねになったのです。この兄と弟の違いはどこにあるでしょうか。兄が「いやです」と答えながら、後に出かけて行ったのは父と共に働くためでした。弟は「お父さん、承知しました」と答えたが出かけなかっ
2020年01月08日 20:12

2020.1.5 宣教「権威者からの問い」

聖書 マタイによる福音書21章23-27節 「わたしも一つ尋ねる。それに答えるなら、わたしも、何の権威でこのようなことをするのか。あなたたちに言おう。ヨハネの洗礼はどこからのものだったのか。天からのものか、それとも人からのものか」主イエスの問いは、ヨハネのバプテスマは神からのものと認めるか、ということでした。この問いを受けた時、権威ある指導者たちは「彼らは論じ合った」とあるように自分たちの中だけで議論をしました。もし人からだと言えば群衆が怖い、そして彼らの結論はイエスを殺すことでした。ですから主イエスの問いに誠実に答えることが出来ないのです。バプテスマを受けることは、神の権威のもとに帰り、自分
2020年01月06日 16:10

信仰と愛

マタイによる福音書21章28-32節 このたとえ話は、ある人に二人の息子がいた。父親は兄のところ行って「今日、ぶどう園へ行って働きなさい」と命じた。すると、その兄の方は「いやです」と答えましたが、考え直して出かけました。弟の方は、「お父さん、承知しました」と答えたが、実際にはぶどう園には行かなかったのです。一体どちらがお父さんの望み通りのことをしたのか、とお尋ねになりました。兄と弟の違いはどこにあるかというと、兄が「いやです」と答えながら、後に出かけて行ったのは、父と共に働くためでした。弟は「お父さん、承知しましたが答えたが、出かけなかった」のは、心を入れ替えなかったのです。父のもとへ帰ること
2019年12月31日 08:06

2020.1.1 宣教「光の中を歩む者」

聖書  ヨハネの手紙第一2章9-11節 明けましておめでとうございます。昨年を振り返りますと、この水こと教会が創立25周年を迎えたことは、神に深い導きがあり、祝福があり、神が水元教会を顧みてくださったことだと感謝をしています。また新しい年を迎え、皆さんと共に神様に従順な者でありたいと願って祈るものです。人間は闇の中に置かれると、「どこへ行くのかわからない」存在となって行きます。光の中を生きるということは愛に生きることです。もう一つのことは聖霊が注がれた人です。聖霊が注がれた人は、愛に満ち喜びの中で生きていける人です。自分の心がいつも平和であり、この地上の生活においても平和のため希望を持ち続けて
2019年12月27日 06:01

2019.12.29 宣教「実を結ぶ生き方」

聖書  マタイによる福音書21章18-22節  21章は1節から主イエスの一週間を記しています。18節以下はその二日目の朝のことです。18節「朝早く、都に帰る途中、イエスは空腹を覚えられた」とありますように、朝の早いときでした。エルサレムに帰る途中、イエスは空腹を覚えられました。その道に一本のいちじくの木が立っていました。しかし、そのいちじくの木は緑の葉が茂っているだけで、実は実っていませんでした。主イエスの飢えを満たす実を実らせていませんでした。そこで、イエスはその木にむかって「今から後いつまでも、お前には実がならないように」と言われると、いちじくの木はたちまち枯れてしまった、と記されていま
2019年12月26日 08:46

クリスマス燭火礼拝

12月24日(火)午後5時よりクリスマス燭火礼拝をしました。 平日の夕方ということもあり出席は15名でしたが、暗い会堂に手に持ったペンライトを灯して静かに私たちの救い主イエス・キリストのご降誕に、心からの喜びをもって感謝を捧げる礼拝となりました。 聖書の朗読は3名の方々にお願いしました。 燭火礼拝も礼拝案内にライブ配信されていますので、ぜひご覧ください。 礼拝後、皆さん一緒に教会の前でキャロル♫  それから、会堂でみんなでクリスマスイブの食卓を囲みました(^^)/ メリークリスマス!  
2019年12月23日 22:19

実現する神の言葉

ルカによる福音書2章1-20節 ルカによる福音書のイエス降誕物語は、簡潔に事実だけを告げています。1節「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た」と記されていて、10節以下に天使の言葉が記されています。「天使は言った。『恐れるな。わたしは民全体に与えられる大きな喜びを告げる。』」イエスの誕生日を喜びの福音として皇帝アウグストゥスのもとで生まれたイエスの誕生こそ、神の言葉によって大きな喜びを人々に語り告げられたのだということを、ルカ福音書は強調しています。皇帝アウグストゥスの治世に、もう一人の王がお生まれになった。二人の王のうち、どちらが真実の王として人々の平和を
2019年12月23日 10:40

2019.12.22 クリスマス礼拝・クリスマス祝会

クリスマス礼拝は子供と大人の合同礼拝でした。 この日をみんなで祈りつつ準備をしてきました。 礼拝の中で東京理科大アカペラサークルchumの讃美がありました。讃美歌106番「あらののはてに」を英語で♪♫ 素晴らしいハーモニーです。思わずブラボー!と、でも礼拝ですので・・・心の中で叫びました(笑)  それから、子どもの教会のスタッフによる紙芝居は、菅原米子さんがしてくださいました。見入ってしまって写真を撮り忘れました・・・ごねんなさい。ぜひ、ライブの方でご覧くださいね。 宣教は「神は共におられる」と題して藤垣牧師です。神様が、いつも、どこにあっても共にいて下さるという信仰は私たちの力ですね。 そ
2019年12月17日 16:25

2019.12.22 宣教「神は共におられる」

聖書 マタイによる福音書1章18-25節 クリスマス礼拝の宣教の題を「神は共におられる」としました。それは、23節「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。」と記されているように、自分の信仰を告白する言葉でもあります。神を信じ、イエス・キリストを救い主と信じる我々には、神が共にいてくださることが力となるからです。イエスは人間としてユダヤの国で生まれました。彼は、一人の幼子となり神の子として、また一人のユダヤ人という人間としてして生きたのです。しかし、彼は自分の民を罪から救う者として、すなわち救い主としての一つの

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