記事のアーカイブ

2017年04月27日 16:22

2017.4.30 宣教「何ということをしたのか。」

聖書 創世記4章1-15節  エバの産んだ子どもに「カイン」と「アベル」がいました。  カインは「土を耕す者」となり、アベルは「羊を飼う者」となりました。彼らはそれぞれ「主のもとに捧げ物を持って」来ました。  しかし、4~5節「主はアベルとその捧げ物に目を留められたが、カインとその捧げ物には目を留められなかった」。それはなぜか、聖書には何も記されてはいません。  5節「カインは激しく怒って顔を伏せた」6節「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。もしお前が正しいのなら、顔をあげられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならな
2017年04月22日 07:26

2017.4.23 宣教「地の塩として」

聖書 マタイによる福音書5章13節 <中心聖句> 5:13 「あなたがたは地の塩である。」 ここで、「あなたがた」とは、イエスの弟子たちのことです。そういうことから言いますと、私ども信仰者ということも言えます。キリスト者は「地の塩」であるということです。また同時に信仰者の集まる教会のことを言っています。主イエスを信じるがゆえに、主の栄光を現すために選ばれた者たちが、地の塩の務めをすることになったのです。私たち信仰者が、地の塩の務めをすることが出来るのは、この主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりを受けているから、地の塩になれるというのです。  塩の意味として、まず純潔さを表しています。
2017年04月17日 10:58

主の復活! ハレルヤ!!

イースター礼拝 と 愛餐会 と ミニコンサート  4月16日(日)のイースター礼拝は、子どもと一緒の合同礼拝でした。  両親や母親と一緒に3人の女の子が出席しました。  午後からのミニコンサートに合わせて椅子の配置も少し変えました。  前奏は、オカリナとキーボードで「バッハのカンタータ147番」で礼拝が始まりました。  宣教は「復活の力」という題で藤垣牧師から。(詳細はミニノートをご参照ください。)  そして、聖餐式。 私たちのために贖いとなり十字架の上で死んでくださったイエス様  の愛を深く思い、聖餐に与りました。    礼拝後、出席者一人一人に藤垣牧師からイースターエッグとカードが手渡され
2017年04月12日 11:44

2017.4.16 宣教「復活の力」

聖書 ルカによる福音書24章1-12節  イエスの復活の記事は、4つの福音書に書かれていますが、その内容はそれぞれに違いがあります。その中で共通していることは、主イエスが復活になった事実に出会った最初の人は、女性であったということです。  女性たちがキリストの体に香油を塗るためにお墓に来たのは、夜明け前のことです。お墓の入り口で彼女たちが見たものは、入り口の石が転がされて、お墓の中が見えたというのです。そして、中を見ると、そこにはキリストの体はありませんでした。  4節「そのために途方に暮れている」と記されているように、女性たちは何が起こったのか理解できませんでした。そこに二人の天使が「なぜ、
2017年04月10日 10:59

2017年 イースターご案内

   4月16日(日)  イースターのご案内    礼拝               10:30~12:00     宣教「復活の力」              藤垣昭雄牧師                 ルカによる福音書24章1-12節     大人と子ども一緒の合同礼拝です。     ぜひ、お子様もご一緒に。 どなたでも どうぞ。     愛餐会              12:30~13:30    礼拝後にみんなで、イエス様の復活の喜びを分かち合いつつ    ともに食事をいたします。    どなたでも、参加できます。    また、愛餐会からの参加も大歓迎です。  
2017年04月06日 06:10

2017.4.9 宣教「カルバリ山の十字架」

聖書  ルカによる福音書23章13-25節  イエスの生涯で、その最後の一週間を受難週と呼んでいます。私たちの教会では、明日の10日(月)から15日(土)まで夕方6時から祈祷会を持ちます。その一週間の一日一日キリストの苦難を思い返していきます。  特に木曜日に行われたイエスの審判から、十字架の決定に至るまでの経過は、4つの福音書では非常に詳しく記しています。イエスの生涯を通していかに重要なものであるかを示しているからです。  主イエスの裁判において、なぜイエスは十字架にかからなければならないのか。これらのことは私どもの救いのためだと教わっているところです。  このイエスの十字架の死は、私たちは
2017年04月04日 13:00

2017年度の教会標語と教会総会

主にあって、互いに赦し合いましょう。 水元教会では、今年に入ってから教会員の皆さんに「今年の標語」となるための聖句を募りました。 11名の方々から聖書の箇所および標語を寄せていただきました。そして、礼拝後に投票・・・・ 実は、おひとりで二つづつ選んでいただいたのですよ。 その結果は「エフェソの信徒への手紙4章32節」が選ばれました。 本当に良い御言葉が与えられたと、みなさん感謝の気持ちでいっぱいで~す。   エフェソの信徒への手紙4章32節 「互いに親切にし、憐みの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように  赦し合いなさい。」   水元教会が、礼拝に
2017年03月31日 06:33

2016.4.2 宣教「互いに赦し合いましょう」

聖書  エフェソの信徒への手紙4章25-32節 <中心聖句> 4:32 「神がキリストによって       あなたがたを赦してくださったように赦し合いなさい。」    今日から教会は2017年度の新しい年度が始まります。  その年度を迎えるにあたり、先般、水元教会で教会標語と聖句を礼拝に出席された方々で投票によって決定しました。 「互いに赦し合いましょう」という標語で、聖書の箇所はエフェソの信徒への手紙4章32節「神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように赦し合いなさい」という聖句からでした。 エフェソ書の4章25節からは私どもの信仰を持っている者の具体的な生き方が記されています。
2017年03月24日 21:18

2017.3.26 宣教「真理に生きる喜び」

聖書 マタイによる福音書5章10-12節 <中心聖句>  5章10節  「義のために迫害される人々は、幸いである。          天の国はその人たちのものである。」  ...
2017年03月16日 17:00

2017.3.19 宣教「平和を実現する人」

聖書 マタイによる福音書5章9節  聖書では平和という意味は、平安という意味があります。  主イエス・キリストは弟子たちに伝道に遣わされるとき、どの家にも平安を祈ってあげなさい。「その家に入ったら『平和があるように』とあいさつしなさい」(マタイ10:13)と教え、平安を祈る挨拶をもってその家に入るように命じられたことが記されています。  まず神と人との平和が第一であって、神によって祝福され、恵み深く扱われるという意味があり、従って、聖書の「平和」はいつも神との関係から言えることです。平和は、神との平和をもとにしなければなりません。「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」

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