2019.6.30 宣教「神の言葉の欠乏」

2019年06月25日 14:26

聖書 アモス書8章1-14節

 ヘブライ語で「果物」は(カイツ)と言い、「終わり」は(ケーツ)です。この二つの言葉は、よく似ています。イスラエルの民が果物の籠を神の前に置いて、これが私たちの幸せ、神から祝福を受けているしるしですと言ったとき、神は、いや違う。それは滅びのしるしだ、そのように言われたのです。アモスがこれを語ったとき誰も耳を傾けた者はいません。しかし、アモスの言葉に新しいものは何もありません。ただ神を愛すること。隣人を愛すること、偽りを言ってはならない、ごまかしてはならないということです。これは誰もが知っている神の掟であり、こういうことは人間の常識でもあります。まことに単純な真理をアモスは語りました。自分の利益の追求が他人の犠牲の上に成り立っている現実を見るとき、この社会を作る人間の本性を、アモスの言葉の単純さが、よく急所を突いていると思うのです。

 

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