2017.12.31 宣教「ハンナの祈り」

2017年12月26日 14:45

聖書 サムエル記上1章12-20節

 1章2節「ハンナには子どもがなかった」という書き出しで始まっています。夫の祭司エルカナには2人の妻がいました。5-6節を読みますと、もう一人の妻のペニナにいじめられ、苦しめられます。夫のエルカナはハンナを愛していたようですが、8節「夫のエルカナはハンナに言った。なぜなくのか、なぜ食べないのか、なぜふさぎ込んでいるのか、このわたしは、あなたにとって10人の息子にもまさるではないか。」この夫のエルカナの妻に対する観察の仕方は、優しい言葉ですが、男の側に立った自己中心的な考え方です。現代でも子供のいじめの自殺が低年齢化しています。いじめの問題はだれにも知られていない状況の中で、非常に陰湿で孤独に追い込んでいきます。このことをきっかけにして、ハンナは主の神殿に通うようになりました。9節にハンナの祈りが記されています。激しい祈りです。「その子の一生を主におささげし、その子の頭には決してかみそりを当てません」。ハンナは誓いました。神の前で祈りをささげた結果、彼女には子供が生まれました。ハンナがただ祈った、という結果ハンナの表情が前のようではなかったというのです。人間の力、人間の言葉や慰めとかでなく、ハンナは神様に直接訴えるしかなかったのです。このハンナの誓いと祈りが、そのあと息子のサムエルは預言者として、神の言葉を聞く者となることが出来ました。「ハンナの祈り」は人間の最も美しい姿、それは外面的にではなくて、人にとって最も美しい姿は「祈る人」の姿です。この真実な祈りは、3章9節の「神よ、お語りください、僕は聞いています」という祈りに代わっていきました。神が自分に何を語り、何を期待しておられるか、静かに聴くことです。

 

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