2017.3.19 宣教「平和を実現する人」
2017年03月16日 17:00
聖書 マタイによる福音書5章9節
聖書では平和という意味は、平安という意味があります。
主イエス・キリストは弟子たちに伝道に遣わされるとき、どの家にも平安を祈ってあげなさい。「その家に入ったら『平和があるように』とあいさつしなさい」(マタイ10:13)と教え、平安を祈る挨拶をもってその家に入るように命じられたことが記されています。
まず神と人との平和が第一であって、神によって祝福され、恵み深く扱われるという意味があり、従って、聖書の「平和」はいつも神との関係から言えることです。平和は、神との平和をもとにしなければなりません。「平和を実現する人々は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」。誰に呼ばれるのかといいますと、神によって呼ばれるのです。それはわたしたちが平和を作るような良いことをしたことが条件ではなくて、神と人との和解のために働くようにさせられているから、神の子と呼ばれるということなのです。
平和を作り出す人とは、福音を伝える者のことです。現代社会において、わたしどもの周りには「キリストの平和」を求める心が欠落しています。神との交わりが絶たれているとき、平和は実現しません。紛争地域では人間を安易に殺害しています。私どもの社会においても、親が子を殺し、子が親を殺すということが身近に起こっています。人間には弱さがあり、罪を犯していくものです。しかし、この人間のために十字架にかかり、贖いとなってくださったキリストの十字架を信じて生きる者と祈り求めていかねばなりません。そして、私どもが平和の幅員を実現するために働いていく者として遣わされているのです。この時代に私たちは「キリストの平和」を満たしていきたい。これが神がキリストにおいて私どもにあらわしてくださった神の平和です。