2017.9.17 宣教「罪のゆるし」

2017年09月12日 17:58

聖書 マタイによる福音書6章12節

 この「私たちの負い目を許してください。」という表現は、私どもが祈る主の祈りでは「我らに罪をおかした者を、我らが許すごとく、我らの罪を許したまえ」となっています。負い目とは「罪」のことです。

 日本人には、人間は善人であるという考え方の人が多くあります。教会でも、悪い人はいないのだから、みんなと仲良くしていきましょう、というところがあります。しかし、聖書が繰り返し描いているのは罪びとの生活です。人間はすべてが罪びとだと言っているのです。聖書がいう罪の問題とは、人と人との問題ではなく、神の前に自分はどうなのかということです。

 キリストは、マタイによる福音書10章38節で「自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない」と言われました。私たちはしばしば自分を横において、キリストの十字架を自分の生活とは無関係にしてしまってはいないでしょうか。私たちが自分の罪を負って生きることはとても負いきれないから、イエス様が私たちの罪を負ってくださっったのです。ここに「赦し」があります。

 私たちが自分の罪に気づき悔い改めるとき、私たちは赦され、また、互いに赦し合うことができるのです。私たち人間は互いに愛し合う生活を願いますが、その愛は不完全な愛に生きています。ですから「赦し」が大切なのです。私たちキリスト者は、互いに赦し合う生活、赦される生活でありたいと願います。

 

サイト内検索

お問い合わせ先

水元教会 東京都
葛飾区水元2-5-9
125-0032
03-3607-0910