2018.9.23 宣教「聖霊と悪霊」
聖書 マタイによる福音書12章15-32節
32節に「人の子に言い逆らう者」と「聖霊に言い逆らう者」という二つの逆らう者の罪が平行して語られています。「人の子」とは、主イエスのことです。主イエスに対して言い逆らうこととは別に「聖霊に言い逆らう者」と語られているのです。「人の子に言い逆らう罪」とは何でしょうか。またさらに重い「聖霊に言い逆らう者」とは何でしょうか。ここに非常に難解な戸惑いが出て来ます。
主イエスがこの言葉を語られた相手はファリサイ派の人です。彼らは、主イエスの行っていることは、悪魔、サタンのわざであるということから始まりました。22節「そのとき、悪霊に取りつかれてて目が見えず口の利けない人が、イエスのところに連れて来て、イエスが癒されると、ものが言え、目が見えるようになった」と記されています。主イエスの癒しをファリサイ派の人々は、神の霊の働きと認めるどころか、むしろ悪霊の働きだとしたのです。24節「ファリサイ派の人々はこれを聞き、悪霊の頭ベルゼブルの力によらなければ、この者は悪霊を追い出せはしない」と。取りついている悪霊が言うことを聞いたのは、イエスが悪魔の仲間であり、その頭の言う言葉だから言うことを聞いたのだとと理解したと言うのです。28節「しかし、わたしが神の霊で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ」。ここにイエスは、今、神の霊をもって神の国をもたらしていることに気がつかないのかと問うておられます。かたくななファリサイ派の人は神の霊を拒否しました。悪の霊としか思えないのです。そして彼らはイエスに殺意を抱きました。主イエスはご自分に対する罪は「それはかまわない」と言われ、それは自分が身に引き受けるからと言われます。しかし、それだけに「神の霊を汚すな」と言われたのです。