
2017.7.23 宣教「隠れた愛」
2017年07月21日 06:48
聖書 マタイによる福音書6章1-4節
1節で「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい」と、一貫した主張をもっている言葉で、具体的な生活の姿が記されています。自分の善い行いや、自分の正しいことを、人の前で見せるな、ということです。そういうことは自分と神とだけのことにしておくようにということです。
また、2節に「偽善者」という言葉がありますが、人が見ているところだけで善行をすることは偽善者です。それは、人のために善い行いをすると言いながら、実際は自分のためにしているにすぎないからです。3節の「右の手のすることを左の手に知らせてはならない」ということは、「他人に見られるな」というだけでなく、「自分にも見られるな」と主イエスは教えておられます。自分にも他人にも、隠しなさいということです。そうすると、4節「隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる」のです。報いとは、何か自分にとってこの世で益になるということではなく、すべてを見ておられる神に自分をゆだね、神がしてくださることこそを受け入れ、神が自分を受け入れてくださることを信じて感謝して生きていく生活です。
「人前で善い行いをみられるな」「自分にも隠しなさい」と言われるキリスト者の生き方とは、具体的には謙遜です。謙遜さがなくなるとキリストへの信仰がだめになります。神はこの私のような者をキリスト者として選んでくださった神を信じて、喜びと感謝をもって生きて生きたいと思います。