2022.6.26 宣教「道具としてではなく、隣人として」
2022年06月27日 09:42
聖書 使徒言行録16章16~24節
本日の礼拝は、志村栄光教会(板橋区)と水元教会の講壇交換日と致しまして、朴貞蓮(パク ジョンヨン)牧師による宣教です。
宣教の題の道具は否定的な意味合いに、また隣人と対象的な意味合いにも取れますが、そうではなく、神の御心を示す時、恵みの御業の成就のために、ある特定の人や民族を道具とされることがあると言われます。
しかし、この16節以下にでてくる女奴隷の主人は、彼女をただ自分たちの金儲けのための道具として使っていたのです。17節で「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」と女奴隷が幾日も繰り返す言葉は、一見、パウロやシラスたちを応援しているかのように見えますが、本当に神の言葉を聞こうとするなら、まずパウロやシラスの言葉に耳を傾けるはずです。これは狡猾な悪の霊によるもので、決して隣人や町の人々への愛からではないのです。そして19節「この女の主人たちは、金もうけの望みがなくなってしまった」ので、その怒りをパウロとシラスを捕らえ、鞭で打ち、牢に入れるという残忍な行動をとりました・・・・
朴先生のお話を聞きながら、今、私たちの世界に起こっていることを、聖書の中からみ言葉を通して見つめなおすことが出来たように思いました。目からウロコです。N.Fの感想でした(^^)/
どうぞ、詳しくは「礼拝案内」からライブ配信をご覧ください。
朴先生、ありがとうございました!