2015.2.8 宣教「聞く者と信じる者」
2015年02月09日 11:42
聖書
ローマの信徒への手紙10章14-17節
<本日の中心聖句>
17節「信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。」
今、私どもが、共に信仰告白を唱えました「使徒信条」には、「我は全能の父なる神を信ず」「主、イエス・キリストを信ず」
「聖霊を信ず」「永遠の命を信ず」と4回繰り返されています。
使徒信条においては、どちらかと申しますと「わたし」ではなく「私どもはこう信じる」と言ったほうが気が楽なところがあります。
しかし、信仰というのは「わたしひとり」が問われていきます。
「このわたしが、何を、いかに信じるか」ということを、自分で決めるのです。わたしの信仰が神の前に問われているのです。
14~15節に「ところで、信じたことのない方を、どうして呼び求められよう。
聞いたことのない方を、どうして信じられよう。 宣べ伝える人がなければ、どうして聞くことができよう。
遣わされないで、どうして宣べ伝えることができよう。」とあります。
これは、13節の「主の名を呼び求める者は、すべて救われるのです。」という言葉を受けて言っています。
「信じる」ためには「聞いたこと」がなければなりません。
「聞く」となれば、誰かが「宣べ伝え」て、その伝えるために誰かが「遣わされて」来なければならない。とパウロは言っています。
私たちキリスト者一人一人が、その使命をもって遣わされているのです。